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一隅を照らすの意味とは?語源由来やビジネスでの活用事例を紹介

  • 「一隅を照らす これすなわち国宝なり」
  • 「国宝とは何物ぞ 宝とは道心なり 道心ある人を 名づけて国宝と為す」

天台宗の最澄さんがいった「一隅を照らす」という言葉の意味は、「社会の片隅に目を向け、他人を幸せにすること」です。

「人助けは大事みたいな話?」と思った方も多いかもしれませんね。

しかし、「一隅を照らす」という言葉に込められた本当の意味は、もうちょっと深いのです。

「一隅を照らす」という言葉の本当の意味は、「あなた自身が幸せな生活を送る」ということにあるのです。

社会の片隅に目を向けることが、一体どうして幸せな生活を送ることにつながるのでしょうか?

以下、くわしく解説していきます。

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「一隅を照らす」はあなた自身を幸せにするための考え方

一隅を照らす 意味

(「一隅を照らす」は天台宗を開いた最澄さんの言葉です)

「一隅を照らす」という生活を続けていると、あなたは必然的に幸せになれます。

「照らす」ということは、どこかを明るくするということですね

つまり、誰かを光で照らす=あなた以外の他人を幸せにするということになります。

これだけだと「自己犠牲の精神」というふうに理解されるかもしれませんが、そうではありません。

あなたが誰かを幸せにすると、あなたはあなた自身を「社会に役立っている」と感じることができます。

自分が社会に役立っていると思えると、あなた自身もあなたを好きになることができ、楽しく明るく生きられるようになるのです。

つまり、「照らしてもらう他人を幸せにする過程で、あなた自身があなたという人間を好きになり、結果として幸せになれる」

というのが「一隅を照らす」の本当の意味なのです。

決して自分自身を殺して他人に尽くすとか、滅私奉公をしないといけないとかいった意味ではありません。

情けは人のためならず(人に情けをかけることは、他人のためにだけやるのではなく、自分自身のためになる)という言葉がありますが、これは一隅を照らすという言葉と共通する考え方といえますね。

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「一隅を照らす生き方」は、誰にでも今すぐできる

そして「一隅を照らす」という生き方の良いところは、「誰にでもできる」という点にあります。

競争社会の中で人より優位に立つことは、一部の限られた人(全人口の数パーセント)しか成しえませんが、「一隅を照らす」という生き方は、全人類、誰でも、今すぐ実践することが可能なのです。

世の中の片隅に注目して「今より幸せに暮らせる方法はないか?」「どうすればもっと快適に暮らせるようになるのだろう?」と考える生き方。

この視点は、100人いれば100様です。

あなたでも私でも「一隅を照らす」生き方をすることは、今すぐできるようになります。

「一隅を照らす」はビジネスや金もうけを否定する考えではない

ここで誤解していただきたくないのは、仏教は在家(出家していない人)がビジネスや商売をすること、つまりお金もうけを決して否定していないことです。

ただし、お金もうけをするのであれば、他人の役に立ち、他人を幸せにすることによってお金を受け取ることをすすめます。

誰かを不幸にしたうえに成り立つ富は、決して自分に安定も幸福ももたらすことはないからです。

自分だけが幸せになりたいと思っていても、幸せには決してなれない

「自分だけが幸せになる方法を知りたい」「誰かが幸せになったところで、自分は幸せにならない」という考えは、あまりに稚拙です。

この世の中はあらゆる事物とつながっていますから、単純な事実として「自分だけが幸せになる方法」は存在しません。

あなた自身が幸せになりたいなら、世の中の人と関わり、どこかを明るく照らしてあげる必要があるのです。

日本は経済的に恵まれている人が多いにもかかわらず、幸福度がとても低い国といわれますね。

それは、自分自身や自分の家族だけが経済的に豊かになることを目指して生きてきたことの結果と言えます。

私たちは、他人と競争し誰よりもお金を持つことに高い価値を置いてきましたが、結果として精神的な豊かさは失われてしまったのです。

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「一隅を照らす」の語源由来

この言葉の語源と由来についても知っておきましょう。

語源由来を知ると、この言葉の本当の意味がもっとよくわかります。

この言葉を伝えたのは、天台宗の開祖である最澄という人です。

最澄は天台宗を開くにあたり「山家学生式」という仏教書をテキストを作ります。

この仏教書の中で最澄さんが伝えたかったことは「あなた方が幸せに生きるにはどうしたらいいのか?」です。

山家学生式の中には、人々を幸せに導きたいという最澄の熱い想いがあふれているのです。

↓このテキストの中で「一隅を照らす」という言葉が出てくるのは、以下の部分です。

  • 「一隅を照らす これすなわち国宝なり」
  • 「国宝とは何物ぞ 宝とは道心なり 道心ある人を 名づけて国宝と為す」

現代語訳すると、「片隅を照らす人は、国の宝だ」となります。

ここで「片隅を照らす人」とは、道をおさめようとする心を持っている人のことを意味します。

つまり、仏教の考え方に基づいて生活していこうとする人のことです。

なぜ、この「一隅=片隅を照らす人」が「国の宝」なのか?

そういう生き方をしている人は、自分自身を幸せにしつつ、まわりの人も幸せにしていくからです。

これは国というたくさんの人が集まってつくる社会にとっても、のぞましいことなのです。

つまり最澄は、社会の片隅に目を向け、世の中全体を小さなところから良くしていこうとする気概を持つ人を一人でも多く育みたかったということなのです。

現代の研究では、「最澄は宗教者であると同時に教育者でもあった」とされています。

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「一隅を照らす」はビジネスにも役立つ

「一隅を照らす」という考え方をビジネスにも役立てて、世の中にたくさんの幸せを届けている人たちがいます。

「一隅を照らす」という生き方をしている人の具体例とその成果をみてみましょう。

①Mistletoe(ミスルトウ)の孫泰蔵

Mistletoe(ミスルトウ)の孫泰蔵さんは、孫正義さんの弟です。

孫正義さんはもちろんソフトバンクの創業者で、日本で一番お金持ちの人ですね。

ビッグすぎる兄を持つ孫泰蔵さんですが、実は本人もかなり凄い人で、彼の座右の銘としている言葉が「一隅を照らす」なのです。

孫泰蔵さんの略歴は以下の通り。

  • 1972年:佐賀県生まれ
  • 1996年:株式会社Yahoo!JAPAN立ち上げ
  • 1998年:株式会社ガンホー・オンライン・エンターテイメント前身の株式会社オンセール立ち上げ
  • 2009年:株式会社スタートアップ・アクセラレータMOVIDA JAPAN立ち上げ
  • 2013年:株式会社Mistletoe立ち上げ

孫泰蔵さんは、現在は次世代を担う起業家たちの育成や支援を行っています。

15歳年上の凄すぎる兄を持ち、兄との比較も嫌というほどされてきたであろう孫泰蔵さんですが、そのこと自体は特に気にしなかったと言います。

それは、彼が「一隅を照らす」という考え方を持っているからだと思われます。

彼は「一隅を照らす」という生き方を貫くべく、世の中に転がっている問題を「自分が解決すべき課題」としてとらえ、解決策を提示するための事業を立ち上げます。

彼が24歳のときに立ち上げたのが、Mistletoeという会社です。

Mistletoeは、オフィスをなくしたり、稟議書や決裁書といったいわゆる会社組織にあるべきものをなくしたり、事業計画さえないという挑戦を続けています。

次世代をより豊かにするという目標のもと、多くのスタートアップ企業を導き、多くの人の笑顔を作り出している孫泰蔵さん。

「一隅を照らす」生き方で、多くの人に幸せを届けています。

②マツダ3代目社長 松田恒次

自動車メーカーマツダの3代目社長である松田恒次さんも「一隅を照らす」を座右の銘とするビジネスマンの一人でした。

松田恒次さんはマツダの実質的創業者である松田重次郎氏の長男です。

在任期間は1951年~1970年の約20年間でしたが、その間にロータリーエンジンという世界に誇れる技術を独自に開発しました。

その後、ロータリーエンジンは燃費の悪さから表舞台から姿を消しますが、「一隅を照らす」の精神は、その後も脈々とマツダ社員へと受け継がれています。

これによって、社員一人ひとりが誇りをもって仕事をしているといいます。

マツダの経営は、ライバル自動車メーカーの日産とよく比較されます。

日産はカルロスゴーンさんによるトップダウン的な大胆なリストラで大回復をした企業ですが、マツダは「一隅を照らす」の精神で社員一人ひとりがその役割を理解して動くことによって業績を上げています。

いずれも日本を代表する企業ですが、経営者の考え方によって従業員の働き方にも大きな違いが出る例と言えます。

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③理化学研究所を作った大山泰弘

理化学研究所を作った大山泰弘さんも「一隅を照らす」精神をもって生きている一人です。

大山泰弘氏は障がい者雇用に全人生を捧げてきたという方でもあります。

大山氏は、知的障がい者を多数雇用しながら、チョーク分野では国内トップシェアを誇る「儲かる企業」に成長させています。

企業が障がい者を雇用することはとても良いことです。

しかし、なかなかそこに多くの人を養えるような利益を生み出すというのは難しいことですね。

大山氏は普通に考えると難しいと思われることを「一隅を照らす」という精神でやってのけています。

結局のところ「人を幸せにする」ということは、自分を幸せにするという究極の幸せ法ということ、ということを大山氏の生き方から学べます。

まとめ

今回は、天台宗を開いた最澄の「一隅を照らす」という言葉の意味について紹介しました。

この言葉は、社会で困っている人を見つけて、その人を助けてあげようという意味がまず1つです。

さらにもう1つの重要な意味が、社会で困っている人を助けてあげることによって、あなたもあなた自身のことを好きになることができ、結果として幸せに生きることができるということです。

決して他人のためになるように、自分の気持ちを殺して我慢しようとか、そういう意味ではありません。

仏教は何よりも実践するその人自身が幸せになるための方法を説いているのです。

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