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徳川御三家とは?席次家格の筆頭が尾張なのはなぜ?家紋の違いの意味も解説!

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徳川御三家

(徳川御三家の家系図:クリックで画像拡大できます)

徳川御三家とは、江戸幕府の創始者徳川家康が、幕府を守るために作った尾張藩、紀州藩、水戸藩という3つの家のことです。

「徳川御三家」とは、徳川家康が幕府を守るために作った3つの家のこと(自分の子供たちをそれぞれ独立させた)


  • ①尾張藩:家康の9人目の子(義直)の家
  • ②紀州藩:家康の10人目の子(頼宣)の家
  • ③水戸藩:家康の11人目の子(頼房)の家

この記事では、なぜ御三家が幕府を守るために必要だったのか?それぞれどのような役割を果たしていたのか?について、詳しくお話していきます。

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徳川御三家とは?

徳川御三家

(駿府城にある徳川家康像)

江戸時代の初めのころ、1606年から1619年にかけての間に、徳川家康によって徳川御三家は作られました。

徳川家康は1543年生まれですから、このころはすでに63歳~76歳です。

関ヶ原の戦い(1600年)や大阪の陣(1615年)に勝利し、いよいよ自分と自分の子孫のための天下を盤石にしようとしていた時期ですね。

そのための方法の一つとして、徳川家康は自分の息子たちをそれぞれ尾張藩、紀州藩、水戸藩の藩主として独立させ、これを徳川御三家としたのです。

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なんで3つも新しい家を作ったの?

なぜわざわざ自分の子供たちを独立させることをしたのか?気になりませんか?

せっかく子供がたくさんいるのだから、その子たちは全員徳川の本家に残しておいてた方が安泰な感じがしますよね。

結論から言うと、御三家が作られたのは、自分の子孫を絶やさないようにするためです。

次男坊、三男坊としてずっと世継ぎの長男のやっかいになっている身では、なかなか「自分の子孫を残そう」という強い気持ちは生まれませんよね。

(ましてや、家康には11人もの子供がいました)

こうした子供たちに独立した家を持たせ、それぞれの家の世継ぎとすることで、家康の血を継ぐ子孫をどんどん増やしていこうと考えたわけです。

そこで御三家を作り、もしも江戸将軍家に世継ぎがいなかった場合、御三家から将軍を出させるようにしたのです。

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御三家の席次(家格)は?どこが一番エライ?

御三家にも席次(家格)、つまり偉さに順番がありました。

徳川御三家の席次(家格)順位


  • 第1位:尾張徳川家
  • 第2位:紀州徳川家
  • 第3位:水戸徳川家

御三家の中でもっとも席次が上だったのが、徳川家康の9男・義直を藩祖とする尾張徳川家です。

尾張徳川家に次ぐのが紀州徳川家であり、御三家でもっとも席次が下なのが水戸徳川家であったされています。

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御三卿(ごさんきょう)とは?

徳川御三家

(御三家・御三卿の家系図:クリックで拡大します)

江戸時代中期には御三家の他に、御三卿(ごさんきょう)と呼ばれる家も作られました。

御三卿とは、田安徳川家、一橋徳川家、清水徳川家をいいます。

御三卿は、御三家の1つ「紀州徳川家」からさらに分かれた3つの家


  • 田安徳川家
  • 一橋徳川家
  • 清水徳川家

この3つの家は、御三家の一つである紀州徳川家からさらに分かれて独立させられた家です。

第8代将軍として紀州徳川家からやってきた徳川吉宗が、自分の子供たちをそれぞれ独立させ、これを御三卿としました。

第8代将軍吉宗のころには、御三家はそれぞれ完全に独立した家のようになっていて、ライバル意識も持っていました。

こうしたライバルの家に負けないためにも、紀州徳川家出身の吉宗は自分の子供たちを御三卿として独立させたのです。

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徳川御三家と御三卿の席次順位は?

御三卿は、将軍家や御三家に世継ぎがいない場合に、世継ぎを差し出す役割を持っていました。

つまり、御三卿は席次としては、御三家より下の位置づけとなります。

いわば「スペアのスペア」のような存在ですが、実際に幕末には一橋慶喜(最後の将軍:徳川慶喜)が御三卿である一橋徳川家から出ています。

これぐらい、一つの血筋を守っていくというのは難しいことなのですね。

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徳川御三家の家紋の微妙な違いの意味は?

徳川御三家

徳川家の家紋として有名な「三つ葉葵」ですが、「御三家で家紋が微妙に違う!」と感じた人もいるのではないでしょうか。

実は三つ葉葵の家紋は御三家によって違うというよりも、時代の移り変わりによって少しずつ変化しているのです。

江戸時代初期と中期では、江戸将軍家の三つ葉葵も歯脈や歯の付け根が変わっており、より凝った(こった)デザインとなっていきます。

御三家の三つ葉葵も、それぞれ時代に応じて少しずつ変化しているため、御三家によって違うように見えるのでしょう。

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徳川御三家筆頭「尾張徳川家」とは?

徳川家康の9男・義直を藩祖とする尾張徳川家は、江戸将軍家を支え続けた徳川御三家筆頭となる家です。

筆頭だけあって石高も御三家の中では62万石ともっとも多く、本拠地が東と西を結ぶ拠点である名古屋だったこともあり、非常に存在感のある藩でした。

しかし、尾張徳川家はその存在感から将軍家と対立することもあり、結局将軍を輩出することができなかったのもあってか、戊辰戦争では新政府軍側に付くことになります。

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なぜ尾張徳川家が御三家筆頭とされた?

尾張徳川家が御三家筆頭とされた理由としては、藩祖の義直が紀州徳川家藩祖で家康の10男・頼宣や、水戸徳川家藩祖で家康の11男・頼房より年上だったからというのが大きいでしょう。

ただし、前述したように、御三家筆頭でありながらも、結局尾張徳川家が将軍を輩出することはありませんでした。

尾張徳川家の有名人物

尾張徳川家の有名人物として、まっさきに名前が挙がるのが尾張徳川家7代藩主「徳川宗春」です。

宗春は、当時将軍だった徳川吉宗の倹約令に真っ向から反発し、「お金は使うことで民を救える」と主張するなど、非常に勇気ある人物だったといわれています。

また、現在尾張徳川家の末裔は、実業家として活躍しているようです。

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御三家で唯一将軍を出した「紀州徳川家」とは?

徳川家康の10男・頼宣を藩祖とする紀州徳川家は、御三家で唯一「将軍を出した家」として知られています。

(上で見た一橋慶喜のように、御三卿の中にも将軍を出した家がありますが、御三家の中では紀州徳川家しか将軍を出していません)

石高は56万石と多く、前述した御三卿もこの紀州徳川家の分家のような存在です。

このような事実からも、紀州徳川家は御三家のなかでも幕府に対してかなりの影響力を持っていたことが分かります。

戊辰戦争では一応幕府側に付きましたが、新政府軍が和歌山に迫ると恭順の姿勢を示したため、戦いは避けられました。

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なぜ、紀州徳川家だけが将軍を出した?

紀州徳川家だけが将軍家を出した理由として、尾張徳川家は幕府と対立したりちょうどいい世継ぎがいなかったりしたこと、水戸徳川家は他2つの家に比べて格下だったことが挙げられます。

また、紀州徳川家出身の将軍・徳川吉宗が御三卿を作り、そこから将軍を選抜するようになったことも、紀州系の将軍が増えた要因といえるでしょう。

紀州徳川家の有名人物

紀州徳川家でもっとも有名な人物と言えば「暴れん坊将軍」でおなじみの徳川吉宗です。

8代将軍として数々の改革を断行し、幕府の財政を立て直しました。

紀州徳川家の末裔は諸説ありますが、残念ながら断絶したという見方が一般的なようです。

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あの有名な水戸光圀を輩出した「水戸徳川家」とは?

徳川家康の11男・徳川頼房を藩祖とする水戸徳川家は、頼房が「徳川姓」を名乗ることがなかなか許されませんでした。

水戸徳川家は、御三家としての地位を確立するのがもっとも遅かった家なのです。

水戸城を本拠地とし、石高は35万石とされていますが、これは藩の存在感を高めるために水増しで申告されたものであり、実際にはもっと少なかったという話もあります。

御三家でありながら尊皇思想(幕府より天皇に忠義を尽くすという考え)が強く、幕末には幕府と新政府どちら側に味方するかで内紛も発生しました。

水戸徳川家の有名人物

水戸徳川家の有名人物といえば、まずは「水戸黄門」の名で知られる水戸光圀でしょう。

また、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜も水戸徳川家の出身です(一橋徳川家に養子に出ているため、水戸徳川家が将軍を出したという扱いにはなりません)。

現在水戸徳川家の末裔は、「徳川ミュージアム」の館長を務めるなどしているようです。

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まとめ

今回は、徳川御三家について解説いたしました。

徳川御三家は幕府を守るために家康が設置した家でしたが、戊辰戦争が勃発すると結局どの家もその役割は果たすことはありませんでした。

しかし、世継ぎを提供するという役割はしっかり果たしていたため、御三家がなければ約260年もの繁栄はなかったかもしれませんね。

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